白山・妙法山1776mへ小谷から溯る
2012-10-09


10/7、御在所山を終えてHさんを送ってから、あま市のW君の家に直行した。再び、山に向かうためだ。今度は白山北部の妙法山だ。『ぎふ百山』124座へ沢か山スキーで登山するW君の挑戦に同行支援する。いや支援になっているかどうか。
 白川郷ICを降りてすぐに道の駅の裏の広大な駐車場の一角に陣取ってささやかな宴会をやる。久々にコンロに炭火を熾し、秋刀魚を焼こうという企てである。先着のKさんとども集まって山談義に夜も更けたところで就寝。
 4時非情のベルに起される。昨夜の野菜なしのつまみの所為か胃がおかしく食欲がない。いつもは無くても無理に詰め込むのだが、その気力もないのでテントを片付けて暗い内から出発だ。Kさんは単独で鶴平新道経由で妙法山を目指すので先に出発だ。山頂で落ち合う予定だ。R156を平瀬に向かい、荒谷の橋の手前で林道に入る。
 林道にかかる谷の特定に注意しながらここだ、と思ったところで停車。まだ暗いので仮眠した。6:45、身支度後出発。本流の名前の荒れ谷の名前に劣らず、枝沢も相当の荒れ様だった。瓦礫と砕石が重なり、谷を埋めている如くだ。
 気温は道路では11℃だった。水はもっと冷たいのでなるだけ濡れないように溯る。地形図で確かめながら登る。崖のマークのところが地滑りになっていて、谷の全体をせき止めるように埋まっている。そこを過ぎても滝、滑、といった渓谷美は一切ない。そのうちに分岐に着いた。水流のある右俣をふって左俣に入る。そのうちに伏流水が出てくると期待したが水は二度と現れなかった。
 まるで廃道同然の荒れた登山道を登るように溯った。源流部に近づくと薊が増えた。薊の種子が風に吹かれて飛んでゆく。周囲のヤブも出てきた。右から左から枝が伸びる。そこを掻き分けるように歩く。地形図で緩斜面に着いたが、左へ振り過ぎた。修正しながら妙法山の鞍部を目指した。クマの糞があった。人糞のように匂いはしない。悪臭がなく、色も緑っぽいから糞かどうかも分からない。青いドングリを一杯食べているんだろう。
 ヤブと格闘し、ジャングルを潜り抜けて、急斜面を這い上がって、ついに登山道と合流した。ここからは両足を交互に動かすだけで頂上に行ける。何と楽なことか。
 頂上にはKさんはおらず、石川の岳人3人が休んでいた。JACの会員だった。
 頂上からの展望は素晴らしかった。谷間からみた槍ヶ岳もここからは横一列に連なる北アルプスの一つに過ぎない。白山は頂上部に雲がかかり見えない。奥三方山、三方崩山は見える。猿ヶ馬場山、笈ヶ岳、大笠山、奈良岳は大笠山に隠れるように座す。大門山は加賀富士の別名の通り端正な姿である。
 石川の人らと話したのは登山道の多さだった。かつて石徹白から野谷荘司山まで縦走したこと、お花松原の高山植物の素晴らしかったこと、ゴマ平避難小屋の素晴らしかったことなど。
 Kさんは待っても来ない。予定では谷を下るのだったが、Kさんと合流する機会もあろうかと縦走路を辿ることにした。妙法山の北斜面の紅葉は綺麗だった。しかし、この下りはとてもきつい。鞍部から登り返し、妙法山を見返すと、ここで下山したくなるだろう。
 重い足を引っ張るように歩いた。フエルトシューズは土との摩擦は少ないのでロスが出やすい。その分疲れる。登り、下りを繰り返しもうせん平に来るとほっとする。ここらは今までに増して熊の糞だらけだ。相当数棲息しているらしい。岐阜県側の斜面が広範囲に崩れて赤っぽい地面が丸見えだ。ここらも昔はブナの原生林ではなかったか。皆伐した結果だろうと思う。
 野谷荘司山はまだ遠い。やっとの思いで着くと福井県から来た若い単独の登山者が居た。若い登山者を見るとほっとする。
 野谷荘司に別れを告げて、鶴平新道を下る。典型的な痩せ尾根の登山道である。両側とも切れ落ちてバランスが入る。徐々に高度を落とすとブナ林が現れる。傾斜の緩い道を歩いたかと思うと急なくだりになった。ブナの原生林に刻まれた道はいい環境であろう。

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